「É-Cothèque(エコテック) 2025」イベントレポート
美食への技術を解き放つ、化学のアプローチ
「 É-Cothèque(エコテック) 2025」
9月16日(火)、東京・渋谷「WITH HARAJUKU HALL」にて、第2回「É-Cothèque(エコテック)」を開催しました。
「É-cothèque エコテック」とは、日本の食文化に新たな一章を刻むことを目指し、従来のデモンストレーション形式にとどまらず、料理と製菓の分野における最新トレンド、技術、製品を存分に体感できる学びの場です。名称の「É」には、École Valrhona(エコール・ヴァローナ)の精神と、知の伝承を可能にする図書館(Bibliothèque/ビブリオテック)の響き、さらにÉcologie(環境)、Économie(経済)、Éducation(啓発)という美食を巡る3つの要素が込められています。業界の専門家によるライブ講演や参加者同士の意見交換のほか、ヴァローナ セレクションのこだわりの製品群を活用したパティスリー、デザート、ドリンクなど多彩なテイスティングとレシピが共有されます。
2回目を迎えた今年は、エコール・ヴァローナの創設者であり、長年ヴァローナのクリエイティブ・ディレクターを務めてきた、書籍『グルマンディーズ・レゾネ(美節食)』の著者、フレデリック・ボウ氏と、化学の視点から持続可能で賢い食の在り方を探究する材料物理化学者ラファエル・オモン氏によるライブ講演に加え、ヴァローナ セレクションのビジョンや取組みをご紹介。さらに、こだわりの製品群を活用した、エコール・ヴァローナ 東京による多岐にわたるクリエイションを150名超のプロフェッショナルの方々に体感いただきました。
ボウ氏とオモン氏からのメッセージ 『美節食』- 未来にふさわしい「おいしさ」を求めて
「このままでよい」はずはない
どの業種でも、仕事に邁進する中で「このままでよいのだろうか」と自問する瞬間が訪れます。フレデリック・ボウ氏にとって、その転機となったのは、世界的シェフ ピエール・ガニェール氏との出会いでした。
食の有識者が一堂に会するシンポジウムにて、ガニェール氏は「料理人は食べ手の健康に責任を持たなければならない」と語り、従来の枠にとらわれない新しいソースの数々を披露。その中には、バターの使用量を従来のレシピから80%削減し、魚のフォンと米のでん粉でとろみを出す“だまし絵”のようなブールブランも含まれていました。この体験はボウ氏の価値観に大きな変化をもたらし、後の「美節食」研究への原動力となったと言います。
「美節食」の言葉は『美味礼賛』(ブリア=サヴァラン著)に由来します。美食に対して節度を持つこと、そして人の体と地球とがよりよく調和する、これからの美食のあり方を指しています。
伝統的な「おいしさ」を求め続けることで、現代人を取り巻く環境との間に生まれた歪みをひとつずつ検証し、高い脂肪や糖分などの行き過ぎた要素を取り除きながら、適正な形に再構築する。よりよい製菓の在り方を導こうとする試みです。
いわゆる低カロリー、低脂肪やヴィーガン、グルテンフリーの枠に収まるものではなく、一義的な技術の提唱とは異なります。このため、創作の視点は多岐に渡ります。
ムースは、「気泡」を食べている? - 化学的アプローチで広がる美節食の世界 -
化学的アプローチは、料理や製菓の可能性を大きく広げます。例えば、フランスの食品加工業者ニコラ・アペールは加熱による微生物殺菌によって缶詰を発明し、化学者ルイ・カミーユ・メイラードは焦げの旨みを突き止め、おいしい料理を格段に増やしました。ボウ氏は「製菓なら、冷凍・冷蔵技術の発達とセルクルやミキサーなどの道具の発明によって、バターたっぷりの重たいクリームや生地は軽いムースやふんわりとしたお菓子へと変化しました。これは製菓界における大きな改革でしょう」と語ります。
美節食の研究チームの一員として活動しているラファエル・オモン氏は、自身の役割を、「素材を分子化学的に見つめることで気づきうるアイデアを料理人やパティシエと共有し、二人三脚で味覚やデザインに新しい風を吹かせることにある」と考えています。美節食の研究チームの一員として活動しているラファエル・オモン氏は、自身の役割を、「素材を分子化学的に見つめることで気づきうるアイデアを料理人やパティシエと共有し、二人三脚で味覚やデザインに新しい風を吹かせることにある」と考えています。
オモン氏は語ります。「例えば、『未来の食』と一言でいっても、その要素は細部まで様々な角度から突き詰めることができます。味は、色は、香りは、テクスチャー、ビジュアルはどうか。具体的に、食感(テクスチャー)を例に挙げると、1つは乳化(マヨネーズのように水と油を組み合わせるもの)、次に泡立て(空気を取り込む)、最後はゲル化・凝固(ゼリーのように固まるもの)。これら3つを組み合わせることで、色でいう基本三原色のように、様々な料理やお菓子が作られるのです。
乳化と凝固、起泡性すべてが備わるチョコレートムースで新しいレシピを考えるとどうなるでしょう。物理化学的観点からいうと、ムースは、「油と水が乳化されたベースに、細かな気泡(空気)が分散している状態」です。水と油の組み合わせは自由で、水は、例えば生クリームだけでなく純粋に水を使うことも可能。これに油を含むチョコレートを合わせ、気泡を加えればチョコレートムースはできる。つまり、油が水の中に分散した乳化状態に、細かな気泡を入れるということです。
水と油の乳化には、レシチンを含む卵黄だけではなく、ジャガイモや葛などのでん粉からSOSA(ソーサ)フラックスファイバーなどの繊維も使えます。これらは主に粘度を上げることで乳化を物理的に安定化させます。それぞれの分子チェーンの長さや性質の違いが、保水力や食感などに影響します。同じ状態でも温度が違うことでうまくいったりいかなかったりします。「これらの要素を総合的に見てお菓子を作ることがパティシエたちの調理の醍醐味なのです。」とオモン氏は締めくくります。
さらに、ボウ氏はこう語ります。「卵や砂糖を使用しないことで、産地限定のチョコレートや香り高いプラリネなど、主役となる素材の個性をより引き立てることができます。『美節食』とは、あらゆる要素を最小限に抑えながらも、最大限の味覚的喜びを追求することなのです。」
会場では、卵黄を使ったアングレーズ・ベースに代わる、増粘剤や繊維素材のアンポワベース3種の試食(ジャガイモでん粉、くず粉、SOSAフラックスファイバー※1)が配布され、とろみの違いを体感することができました。
※1亜麻仁(亜麻の種子)由来の繊維。幅広いpHで冷たい素材、温かい素材のとろみをつける。
また、チョコレートムースの試食は、伝統的なアングレーズ・ベース(マンジャリ64%使用)、ジャガイモでん粉を使ったアンポワベース(コンフェクション・マダガスカル80%※2 使用)、そしてオモン氏との共同研究によって開発された、『美節食』のコンセプトを体現する、牛乳、ゼラチン、カライブ66%だけで作ったガナッシュモンテの合計3種でした。
※2 2026年発売予定のヴァローナ製品
立ち止まって、問いを立てる
製菓技術は長い修業を経て培われるものですが、ボウ氏は「業界の当たり前に“なぜ?”を問いかけることが重要」と語ります。時に「これまでこうだったから」という答えしか返ってこないこともある中で、柔軟な視点とアプローチが、食べる幸せへと続く新たな道を切り開きます。
地球環境の変化や食糧問題が深刻化する現代において、ボウ氏とオモン氏の対談は、参加者一人ひとりに「今、私たちはこう考えています。あなたはどうですか?」という問いを投げかける時間となりました。
会場では、ボウ氏が恩師ピエール・エルメ氏の代表作を美節食レシピとして再構築した「タルト・アンフィニマン・ヴァニーユ」や、バターを使わず新しいレモンクリームの可能性を追求したタルト・シトロンなどが紹介されたほか、「ヴァローナ」、「ソーサ(機能素材)」「ノホイ(バニラ)」「アダマンス(フルーツピューレ)」「パリアーニ(ナッツ)」の各ブースで、それぞれのクリエイションとブランドの最新トピックが紹介され、試食とデジタルレシピが提供されました。




